2022.04.12
春。桜。もう、文字からして桜色が広がってくるような気がします。桜のつぼみが動き始めてから咲いて散るまでの数週間は、特別な時間が流れます。そわそわと開花を待ち、咲けば桜の道まで遠回りし、街灯に浮かぶ夜桜に足を止め…にぎやかな花の宴ではなくても、静かに桜に酔う瞬間があるものです。
京都には円山公園・哲学の道・御室など、名の通った桜をはじめ、絵になる桜がそこかしこに見られます。桜に酔う都人が育んできた生活の中の桜とでもいえるでしょうか。
江戸時代のはじめ、華道家元に桜を特別ないけばな(立花)にした宗匠がおられました。宮中の花会で活躍した三十二世池坊専好は「桜一色」という手法を池坊の秘伝に加えたのです。枝垂れ桜、山桜、八重桜など幾種もの桜をとりまぜていけた花は宮中の人々を魅了し、高い評判を得たと伝わっています。
桜一色のいけばなは、満開の桜ばかりをいけるというものではなく、桜の苔木を取合わせて堂々たる樹相を再現したり、下方の花から開花することに倣い、下段は開花、上段はつぼみがちにいけたりと、桜という木の命をまるごと表現します。花ばかりでなく、桜の命そのものを慈しむ心が伝わります。
暮しの花手帖
2020年10月から2022年3月まで京都新聞発行「Iru・miru(イルミル)」に掲載されたコラム「京都暮らしの花手帖」(ライター:池坊総務所 京極加代子)の内容を掲載しています。